荒尾梨の無農薬栽培に35年挑む高塚さんの想い
果樹の無農薬栽培は、非常に難しいものです。
農薬を使用しなければ虫が大発生し
病気もはびこります。
皮の表面も傷がつきやすくなり
収量も少なくなってしまい
ときには木ごと枯らしてしまうこともあります。
こうなると、木は“死んだ”も同然。
切らなければなりません。
したがって、無農薬で果樹を栽培する農家は
日本でもほんの一握りほどしかいないでしょう。
ましてやそれだけで生計を立てるのは
非常に厳しく、よほどの覚悟と信念がなければ
実現しません。
しかし、熊本県荒尾市に
この不可能かと思える果樹の無農薬栽培に挑戦し
成功した梨農家がいます。
荒尾梨の無農薬栽培に挑み続けて35年の高塚さん
熊本県荒尾市は、日本でも有数の
新高梨の名産地です。
荒尾市で作られる新高梨は“荒尾ジャンボ梨”
とも呼ばれ、荒尾のシンボルとしても
市民に親しまれています。
歴史と伝統に育くまれた荒尾梨の無農薬栽培に
挑み続けている梨農家
高塚成生(たかつか・なりお)さんは
今から35年以上前に親から農園を継ぎました。
継いだ当初から、農薬の使用は
ごく当たり前のことでした。
農家も、消費者も農薬使用に関しては
何の疑問も持っていなかったのです。
特にわたしたち消費者は
農産物にどれほど農薬が使われているか
どんな風にまかれているか
実際の現場を知りません。
しかし、高塚さんは農薬の使用に
危機感を抱いていました。
通常、梨の栽培において農薬は
年30回以上まくといわれています。
梨の収穫が終わった冬の間も
虫が寄り付かないようにまき続けるのです。
高塚さんが危機感を抱いたのは
ある理由からでした。
荒尾梨の無農薬栽培に寄せる高塚さんの想い
高塚さんは、自身のお子さんが
アレルギーだったこともあり
化学物質などを含んだ農薬がしみ込んだ梨を食べさせるのは
健康を害するのではないかと懸念しました。
実際、農薬中毒にかかる農家もいますし
農薬散布を続けたことで
アレルギーがひどくなったという声もあります。
虫さえも食べない梨が
人間の体に良いとはいえません。
どんなに美味しくても
健康を害してしまえば本末転倒です。
高塚さんは、無農薬栽培の道を歩むことを
決意したのです。
荒尾梨の無農薬栽培は苦難の連続
荒尾梨の無農薬栽培は
決してたやすいものではありませんでした。
何本もの梨の木を枯らしてしまうこともあり
自分のやっていることは意味があるのだろうかと
自問自答することもありました。
日本の農業において
自然栽培は0.5%以下です。
ほとんどの農家が農薬を使用する中で
周りと逆行した 無農薬栽培に取り組むのは
精神的にも耐え難いものがあります。
周囲から理解を得られず、収量が少ないために
笑われてしまうこともあるのです。
それでも高塚さんは無農薬の栽培に邁進。
2017年は農薬を一滴も使わずに
梨を実らせることに成功しました。
まとめ
日本で梨の無農薬栽培を実現させ
いまでも挑み続けているのは
日本で5人もいないのではないでしょうか。
それほど難しく、確固たる信念が必要な
無農薬栽培ですが、これを見事に実現させた
高塚さんは非常に稀で貴重な農家です。
高塚さんの梨は決して安くはありません。
しかしそれだけ強い想いが
梨には詰まっていて、毎年完売になります。
令和2年の高塚さんの梨は
予約販売の段階で売り切れてしまいました。
人気の高さはやはり
安心安全であるからに他なりません。
高塚さんの挑戦はこれからも続きます。